戸田商行について

社長からのメッセージ

創業

山師だった初代社長が昭和36年に戸田商行を創業。初代社長は木毛(もくめん)という商品に将来性を見出し、山師から木毛(もくめん)製造に転向します。木毛(もくめん)製造の機械を購入し、自宅の横に倉庫を建て、たった一台の機械から木毛(もくめん)を作り始めました。

創業当時の苦労

木材を削った後はかなり湿っていますので、乾燥させなければなりません。
創業当時は現在のような乾燥設備がなく、屋根の上に木毛を持ってあがり、天日干しをしていましたが、風が吹いては飛ばされた木毛を拾いにいっていました。
その後、当時最大クラスの乾燥設備を備えた工場を建設。
モデルとなる木毛工場がなかったため、独自で設備改良を重ね、現在に引き継ぐ工場を完成させます。

戸田商行と関わるきっかけ

平成4年10月、創業者の息子にあたる戸田宗崇と結婚。
当時は創業者である義父と義母が経営をしていましたが、2人の結婚を喜んだ両親は結婚と同時に夫を社長に、私を経理の責任者にし、25歳だった二人に経営の全てを任せます。

創業者である両親への想い

夫と結婚した理由の一つに、義理の両親が素敵で、尊敬できる人たちだったことがあります。若いふたりを信頼して会社の実権を渡し、任せてくれた潔さ、賢明さに感動したことを覚えています。私は信じて任せてくれた両親のために、仕事に励むようになりました。
「人に交わるは信をもってすべし。己人を信ずれば、人もまた己を信ず」
私は、この福沢諭吉先生の言葉を信条としており、両親はこの信条を、身を以て教えてくれました。

経営危機

やがて、木毛の需要は減少の一途を辿っていきます。創業50年以上経過し、企業も商品も衰退期を迎え、売上は下がり続け、戸田商行は厳しい時代を迎えていました。そんな中、周囲の人のススメで、社長だった夫が地方議員になります。同時期に両親も現役を引退して、経営危機が訪れました。

このままでは終われない!

当時の私は、尊敬する両親が苦労して築いた会社と、モノづくりへの情熱を引き継いでいかなければならないと、強く思っていました。自分がやらなければ、会社が大変なことになるのではないか、両親が大切に育ててきた会社を潰すわけにはいかない、また一緒に働いてきた従業員の雇用を守らなければならないと奮起し、それまで経験のなかった経営の勉強を始め、経営者として関わるようになっていきました。

木毛は世の中に必要なのか?

それからは手探り中、様々な課題に向き合ってきました。多くの問題が起こる中、私は自分自身が商品に対する自信を失っていると気が付きました。
商品が売れなくなると、もう世の中に必要ないんじゃないかと不安になりました。実際、木毛に代わる使い勝手のよい、安価な商品が溢れています。木毛は本当にお客様に必要とされているのか、不安な気持ちは拭えませんでした。

思わぬところで……

そんなある日、工場を見学したいというお客様が現れます。それまで、工場を見に来る人などいませんでした。
正直、工場など見て何になるのか、時間の無駄ではないかと思っていました。木毛の製造工程を見学になったお客様は、木毛の素晴らしさや、製造の面白さを語って下さいました。工場見学がきっかけで、少しずつ自信を取り戻し、お客様から直接、木毛への意見を聞いて回りました。思った以上に皆様が、木毛を必要としてくださっていることが分かり、木毛という商品への自信と、会社への誇りを取り戻していきました。自信を取り戻し、経営全体を任される中で、いろいろな方のご支援やご協力をいただき、従業員の頑張りもあり、会社は今、順調に業績を伸ばし始めています。

情報発信

ここ数年、情報発信を進める中で、テレビや新聞などマスコミに取り上げていただく機会が増えるようになりました。専業の製造会社は当社のみとなったことが取り上げていただく理由ですが、従業員には、「マスコミは木毛を作る会社がなくなっているから、という理由だけで取り上げてくれているのではなく、もくめんという商品の素晴らしさや働くみんなの姿、地域貢献があるから、価値があるから取り上げてくれるのだ。」と伝えています。

その他のメディア掲載・取材についてはこちら

「お母さんが楽しそうに仕事をしているから、私も会社の経営をしてみたい」

長女が昨年の春から大学生になり、経営を学びに経営学部に進学しました。進学先を決めるとき、本人が強く経営学部を希望するので、なぜかと尋ねると「お母さんが楽しそうに仕事をしているから、私も会社の経営をしてみたい」という答えが返ってきました。自分では、経営の苦しさに眉間にしわを寄せていることの方が多く、家族に心配をかけていたと思っていたので、娘の一言が大変嬉しかったです。事業の継承者がいるという事は、従業員にとっても希望の光となりますし、私の励みにもなっています。10年後娘が30歳を迎える前に、お母さんの会社を引き継ぎたい、と思ってもらえるような会社にせねばと燃えています。

時代は以前とは比べものにならないスピードで進んでいます。同じことを繰り返すだけでは、リスクと考えられるようになりました。当社も、地方の製造業ということで、漫然と作ることに甘んじていましたが、数年前から商品の開発を始め、営業活動のため、全国規模の展示会へ積極的に参加するようになりました。これからも情報発信を進め、規制の枠にとらわれず、どんどん新しいことにチャレンジしていきます。

未来に向けて

技術革新と高い品質の確立、そして情報発信と営業活動、戸田商行から全国の得意先やマスコミ、協力者や協力会社との連携を強めていきます。そして、メイド・イン・ジャパンのオリジナルブランドとしての地位を獲得し、オンリーワン企業を目指していきます。この姿を追求することで、従業員が物心両面で充実して幸せに働き、地域や取引先からの信頼も厚く、利益を出し続け、成長する会社に必ずしていかなければならないと思っています。

社長から皆様へ

尊敬する両親から引き継いだ木毛は、今も変わらず高知県産の木材を利用した、環境にも、人にも優しい素晴らしい素材です。この繊細で素晴らしい木毛を次の時代につないでいき、尊敬する両親のため、大切な従業員のため、ご愛顧頂いているお客様のために、日本で最後の木毛屋になっても続けていきたいと思います。自分にどこまでできるか分かりませんし、経営者としては未熟な私ではありますが、みなさんにも、ぜひ戸田商行を見守っていただきたいと思います。ぜひ木毛と出会ってください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。